こんにちは!まいこです!
京都の安井金毘羅宮は「縁切り神社」として超有名ですよね。
SNSなどで検索をすると、なかなか怖い話も出てきて、行ってみたいものの勇気が出ない場所の一つでした。
先日、大阪方面へ行く機会がありまして、いつもの自分なら観光せずトンボ返りしてくるところ、ふと「安井金毘羅宮にお詣りしてみよう」と思いついてしまいました。
もしかしたら、呼ばれたのかもしれません。
こうなったら、勇気を出していくしかないですよね!
ということで、実際に行ってきましたので、実体験を書いてみたいと思います。
結果どうなったか?については後日加えますね。
- 安井金毘羅宮はどんな神社?ご利益を知りたい!
- 参拝方法や形代の書き方は?
- やってはいけないことはどんなこと?
- 実際行ってみてどうだった?雰囲気は?
これらが気になる方は、ぜひ最後まで読んでくださいね。
★神社の体験談については以下もどうぞ!

安井金毘羅宮はどんな神社?歴史やご利益は何?

今回訪れた安井金毘羅宮。
様々な縁切りの逸話がありますが、どのような神社なのでしょうか。
歴史やご利益を調べました。
安井金毘羅宮の歴史
安井金毘羅宮は668〜671年(飛鳥時代)に藤原鎌足が藤を植えて一堂を創建し、家門の繁栄を祈願した「藤寺」が始まりです。かなり古い歴史があるんですね。
時は流れて平安時代、崇徳上皇(すとくじょうこう)がこの藤をいたく気に入り、久安2年(1146年)に堂塔を修造しました。
ここから先は有名ですが、崇徳上皇が保元の乱(1156年)に敗れ讃岐(香川県)へ流罪となり、8年後、そこで崩御されました。讃岐での生活はとても過酷で、天皇家を呪いながら凄惨な最期を遂げたとされています。
この凄まじい怨念を鎮めるため、治承元年(1177年)、後白河法皇の命により建立された光明院観勝寺が安井金毘羅宮の起源となりました。
光明院観勝寺は応仁の乱の兵火により荒廃したものの、太秦にある蓮華光院を現在地に移設した際、その鎮守として崇徳天皇に加え、讃岐の金刀比羅宮より勧請した大物主神と源頼政を祀りました。
蓮華光院は明治維新後に「安井神社」、更に「安井金比羅宮」と改称し現在に至っています!
ご利益は“縁切り”と“縁結び”
安井金毘羅宮のご利益は何があるのでしょうか。
- あらゆる悪い縁を切る
- 良縁を結ぶ
- 海上安全
- 交通安全
悪縁を切ることはとても有名で、様々な方の体験談をブログなどで読むことができます。
主祭神の崇徳天皇が、讃岐の金刀比羅宮で一切の欲を断ち切ってお篭りをされたことから、“断ち物”の祈願所として信仰されていたそう。
悪い縁を断ち切ることは、良縁を呼び込む準備でもありますよね。
悪い縁を切り、良縁を結ぶことはセットということ。
人や場所との縁切りだけではなく、悪癖や悪い習慣などの縁切りを願う方も多いようです。(わたしは後者で参拝しました)
そのほか、海上安全や交通安全といったご利益もあります!
安井金毘羅宮でやってはいけないことは何?
安井金毘羅宮で“やってはいけないこと”がありますが、それは一体どのようなことでしょうか。
それは、
他人の不幸を望むこと
です。
安井金毘羅宮に限った話ではないですのですが、人を呪わば穴二つとも言いますし、縁を切りたい事実のみを伝え、あとはこの先の自分がどうしたいかを具体的にお願いしてみるというスタンスが良いかと思います。
【体験談】安井金毘羅宮へ実際に行きました!

では、安井金毘羅宮に実際に訪れた体験談を書きますね!
たまたま大阪に行く用事があり、せっかくなので1日多く休暇を取って京都に寄ることにしました。
どこへ行こうか考えていた際、ふと「安井金毘羅宮」へ行ってみよう!と思いついたのです。
大阪へ行く前に、SNSで安井金毘羅宮の投稿を見ていたせいかもしれません。
呼ばれたのかな~と思い、ちょっと怖かったのですが直観に素直に従うことにしました。
こういう行動で人生変わったとよく聞きますしね!
大阪の用事を済ませ、翌日は午前中は道頓堀周辺をウロウロし、昼くらいに京都へ移動。
無事、コインロッカーへ荷物をあずけ、安井金毘羅宮へ!
京都は何度か訪れたことがありますが、圧倒的にバスが便利ですよね。今回もバスで行こうと思いつつ調べたところ、電車の時間がすぐだったので、バスではなく電車移動へ変更。京都駅から奈良線に乗り、途中京阪電鉄に乗り換えて祇園四条園駅で下車。
京都はインバウンドでとても人が多く混んでいる思っていましたが、わたしが訪れた日はそうでもなく(もちろん外国人の方はたくさんいましたが)、ラッキーでした。
祇園四条のあたりは観光名所でもあるので、途中花見小路通などを冷やかしつつ、ちょっと遠回り気味にのんびり散策しながら目指しました。
途中、わらび餅のお店「ぎおん徳屋」がありました。時間がなく寄れませんでしたが・・。

安井金毘羅宮は、建仁寺を超えた先にあるので、とりあえず建仁寺を目指して歩きましょう。

建仁寺を超えて少し歩くと、最初の鳥居が見えます。

おおお、とうとう来たという感じです。
この鳥居から少し進むと、神社の赤い鳥居がみえてきます。
安井金毘羅宮のお詣り方法

赤い鳥居をくぐるとすぐに、賽銭箱と本堂?があります。
お詣り方法の説明書きがあり、それによると、
- 先に鈴をならす(お賽銭にお金を入れました)
- 先に進んでご本堂にお参り
- 形代に願い事を書く
- お賽銭に気持ちを入れる(100円程度とありました)
- 形代を持って石のところへ
・・・といった流れです。
願い事を書いている方がいたので写真は撮りませんでしたが、形代に書く用の台やペン類が置いてあるので、書くものがなくても大丈夫です。
形代の書き方
形代の書き方についても、説明がきちんとあります。
- 切りたい縁
- 結びたい縁
この二つを書いて、最終的にどうなりたいか、というところまで書くと良いと思います。
願い事は具体的に書きました。
結構斜め上の叶い方をする、ということも事前のSNSなどで情報をゲットしていたので、「穏やかに」「心身健康で」などといったワードも散りばめてみました。(ビビりです)
置いてあるペン類ですが、太くて書きにくいこともあるので、細かく書きたいという方は、書きなれたボールペンなどを持参すると良いです。(わたしは持参しました)
形代に願いごとを書いたら、お賽銭箱にお金を入れ(100円程度)、形代がたくさん貼られた大きな石「縁切り縁結び碑(いし)」へ向かいます。
穴はとても小さい!
形代がたくさん貼られた石「縁切り縁結び碑(いし)」は、並んでいることが多いとSNSなどで見たのですが、わたした行った日はなぜか誰も並んでいませんでした。
ちょっと恥ずかしいな・・と思っていたら、先に外国人の方がかなり真剣な様子で穴をくぐっておりました。
少し勇気をもらいまして、自分もくぐりました!
順番ですが、手前側が表になるので、表から裏、裏から表の順番で、願い事を念じながらくぐります。
この穴ですが、本当に小さいです。
リュックサックを背負っていましたが、さすがに背負ったままでは通れず。
先にリュックを通して自分が通る、というなんとも間抜けな状態になりました。
穴を通ったら、最後に形代を貼って終了です!
どうやって貼るの?と思ったかもしれませんが、ちゃんとノリが置いてあります。
自分が張りたい場所に貼りましょう!
そのあとは境内をすこし散策して帰りました。お守りもたくさん置いてありましたよ!
実際に行ってみて、雰囲気も明るく怖いと感じることはありませんでした。
近くに住んでいたら、何か迷うことがあるたびに行っていたかもしれません!
願い事はかなったか
いくつか願いごとを書きましたが、これといった変化はまだありません。
ただ、宣言したこともあるので、意識を少しずつ変えていることもあります。
まだあまり日が経っていないので、何らかの結果が出たら追記していきますね!
安井金毘羅宮の情報
まとめ
安井金毘羅宮について、実際の体験談とともにお届けしました!
色々怖い噂のある神社でしたが、行ってみると明るい雰囲気で怖いと思うことはありませんでした。
思い切って行ってみて、いい経験したなあという感想です。
願い事がどういう形で現実化していくかはわかりませんが、縁切りも縁結びを形代に書くことは、ある意味神様への「宣言」のようなものだと考えています。
自分自身の意識を変えていくことも大切なのだろうな、と思いつつ、帰りの新幹線に乗りました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!

